寝る前マガジン

1日の寝る前か暇な時に書いている文章を公開しています。1日1記事。

ワナビーの原罪-2023/2/24の文章

 こんにちは。もう朝ですね。5時半に後輩に応援メッセージを送ったら即レスされました。受験生って朝起きるの早いんですね。僕の時は朝7時くらいに起きた気がする。現地宿泊だったからだけど。

 受験関連の日記は明日明後日に書きます。内容は勉強法とかそういうのじゃなくて当時の心境とか心持ちとか何考えてたとかそこらへんを思い出しながら書きたいと思ってる。受験ネタの最終到達地点の一つでもある。乞うご期待。
 
 本題に戻りますか。ワナビーの意味を一応言っておくと、何かに憧れたりそれになろうとしてる人を指した言葉で英語のwanna beからつけられたやつ。意味的には割と馬鹿にしてるというか理想と実力の剥離が大きい人のことを嘲笑する意味が強いはず、確か。

 世の中にはそういうワナビーがかなりの数いる。もちろん自分自身も何かの分野においてはワナビーと称される人間なのかもしれない。創作系だと特にね。まあただ別にそういったワナビーは存在することが罪というわけでは全くないと思う。誰だって憧れや理想を持つことはあるし実力が最初からついているわけでもないから。
 
 じゃあ何が問題なのかというと、近年のワナビーは乗っかりでコンテンツを潰すことがあまりにも多い。最初に現れた上位者の生み出したコンテンツを、ワナビーが下手な装飾を繰り返してつまんなくさせている。The Backroomsが特にその例に当たると私は思う。あれはそもそも最初はただの画像とそのキャプションから始まったミームでで延々と続く同じ空間、自分以外に人間がいない孤独感、危険存在がいるかもしれないという恐怖とかが合わさって頭がおかしくなりそうになる、というパニックホラーの要素をちゃんと抑えている。その上で作者や役者の余計な主張が少なく、言語や文化の違う国のものであっても共通するような恐ろしさがあった。誰にだって想像できる嫌さがあった。

 しかし今ではどうだろう。ワナビー共がそのコンテンツに感動した。そこまではいい。しかしその後ワナビーはそのコンテンツに乗っかろう、他人の功績を利用して自分自身が評価されようとした結果、The Backroomsは大量の設定をつけたされオリジナリティとワナビーのクソ装飾が混ざり合ったよく分からないコンテンツの一部となった。人間が大量に存在していて基地があったり敵対勢力への対抗手段があったりエンティティごとの内容もB級ホラーに溢れてそうなものばっかりになって……。最初期の意味のわからなさが失われてしまった。The Backroomsはファンムービーで日本で有名になった側面が大きく、そのファンムービーも前述のような設定の元となった初期設定を元としたものだったけど、それでもまだそこには不明点が多く存在してた。存在することができていた。想像の余地が、未知に恐怖する余白が存在していた。今ではもうそれらはない。

 ワナビーは罪ではない。憧れも模倣も自由ではある。しかしそれらがコンテンツを壊してしまうことは多い。その多くは憧れに対する同化欲求によるものだろう。ワナビーはその成り立ちと性質からして憧れの対象を壊すことが決定づけられている。憧れは禁断の果実なのかもしれない。